2007年11月25日

ご無沙汰してしまいました。

 夏休み(いつの話を・・)が終わってやっと落ち着いてきたかと思ったら、10月に入って
仕事が忙しくなり、なかなかブログの方も新規の銃購入もちょっとおやすみしてしまいました。
 11月に入り、去年、大学に合格し、あこがれの東京の生活を送れるはずだった甥が、胃ガン
で亡くなり、急遽、実家に戻りました。
 実家に戻ってみたら、祖母の認知症が進んで、父はもうストレスの固まりになってしまい、
認知症と分かっていても、まともに話を聞いてしまうため、すぐに頭に血が上り、怒鳴る→再び
祖母混乱の悪循環。そんな中、葬儀の準備であたふたと、もうパニック寸前でした。
 甥は昨年の暮れ、病院から重要な話があると言うことで、東京にいる身内は私一人だったの
で行ったところ、「末期の胃ガン」ですと医者から話を受けていました。手術が出来ないほど胃
の上部の腫瘍が大きく、リンパにも転移しており、治療しなければ3、4ヶ月しか持たないと、終
末期医療の準備のため、彼の実家へ戻り若いので進行も早いのですが、治る可能性もないわ
けではないので放射線治療や抗ガン剤治療等も懸命に行っていました。
 春先に大分調子が良くなったのか、車の免許も取り車で友達と遊びに行っていたと話は聞い
ていました。
 もしかしたら、腫瘍が小さくなって手術できるんじゃないかと、ちょっと希望を持って話を聞いて
いました。 
 その後、10月になるまで何度か、容態が悪くなり入退院を繰り返していたそうです。
 10月末、抗ガン剤で体力が無い状態の所にきて、肺炎にかかってしまい、そのまま回復するこ
となく息を引き取りました。
 今年の初め、彼が東京を離れる際、「家で使わない物は小父さんが預かるから、また戻っ
て来いよ」、と言い別れ、今もそれらが私の家に残っています。
 私自身、身内を亡くすのは今回初めてで、「順序が違うだろ!」と葬儀に向かう中ずっと頭の
中でつぶやいていました。
 若い人が癌にかかるのはまれですが、体力があるが故に発見も遅れがち。
 かつ、体力はガン細胞も活発にしてしまい進行も、中高年に比べ早いそうです。
 丁度、私が東京に出てくる年に生まれ、実家に帰ったときは、なにか持って遊びに行ったのを
良く覚えています。
 葬儀が終わり、初七日まで実家の方にいたのですが、祖母はやはり状態が思わしくなく夜も
寝れない状況が続いていました。
 今回も飼い主を連れて行ったのですが、祖母から離れることなくいつもべたべた食っ付いて
見守るようにしくれて、祖母もそれで少し落ち着くこともありました。
 甥の初七日が終わり、戻る準備をしてる中、祖母がまた混乱しはじめてしまい、父が激怒して
家を出て行ってしまい、私は帰る予定を3日ほどずらして帰ってきました。
 今回、甥の死や、実家の混乱ぶりから、東京でのこのこ生活していて良い物かと本当に考えて
しまい、実家に戻り出来ることからやるの方が、良いのかとも考えております。
 そんなことで、まだ幾分悶々としているのですが、あまり考えても悶々とするだけで何の解決
にも為らないので、生きてる者が出来ることを前向きに考えていこうと思っています。


PS 
悶々としていたのが、言葉で整理することでなんだからくになりました。
しめった話題で長々と、ミリブロの話題とはまったく関係ないのですが、近々、またもとネタの方に
戻りたいと思っています。




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この記事へのコメント
はじめまして。
tomo1911と申します。
dendenさんのブログを読ませていただいて思うところがあったので、コメントさせていただきますね。
自分は今24なのですが、今年の春、脳内出血をきたし療養いたしました。
原因不明ながらほぼ完全に体の自由も取り戻し、運もあったのだなぁと思っています。
なので甥御さんのお話は他人事に思えないです。

甥御さんのお気持ちを私なりに考えてみると、というかこれは私が死ぬかもしれんなぁと思ったときに考えていたんですが、自分が死ぬことには恐怖がありましたが、案外それはたいしたことに感じませんでした。多分今私は家族を養っておりませんし、子もいないからだと思います。生きてる以上はいつかは死ぬしな、などと思って、そのときはそのとき、くらいに思うようにしておりました。
しかし一番気がかりだったのは周囲の友人や、とりわけ家族のことでした。
両親ともそれなりに諍いがありましたしすべての過去がここちよいものだったわけではないです。とくにひどい過去があった、というわけではありませんが。
それでもやはり気がかりでしょうがなかったです。
自分がいなくなった後の家族らの気持ちを考えると胸が張り裂けそうな思いをした、というのが偽らぬ正直な私の気持ちでした。
自分は甥御さんを存じ上げているわけではないですし、こんなこというのはおかしいのかもしれませんが、きっと甥御さんも同じように感じていらしたことと思います。
ですから一刻も早く、普段どおりの日常になれていくしかないのかもしれませんね・・
生きることに最善をつくしていくのが生き物の宿命なのかなぁなどと私は思っています。

はやくdendenさんの御一家に安らげる時間が来ることをお祈りさせていただきます。
楽しかった思い出がご家族を暖めますように。
Posted by tomo1911 at 2007年11月26日 00:45
お悔やみ申し上げます・・
生きることを望みながら 亡くなって行く人を間近にする職場にいると
本当に命の大切さ 健康の大切さが身にしみます。

dendenさんが いつまでも沈んでいることは きっと天国の甥御さんは喜ばないと思います。

まだまだ悩みは尽きないのでしょうが 前向きに元気だしてくださいね。
Posted by じょでぃー at 2007年11月26日 01:03
こんばんは。

しめっぽくても、悶々としてても良いと思いますよ、
自分も故人のことを思えば、どこか諦めきれない思いが残るし、過ぎたことはどう考えても後悔してしまいます。

おかしな言い方ですが、「悩むことも前向きになる一歩」だと思うので、悶々とすることもアリだと」思います(^ ^;)ゞ

何はともあれ、お帰りなさい(^ - ^)/~~~
Posted by 虚空弾道 at 2007年11月26日 04:25
tomo1911さん
じょでぃ-さん
虚空弾道さん

ありがとうございます。
悲しむのも、悶々とするのも、生きてるからこそ、出来ると思います。
彼のしたかったあろう事を、これから少しでもやってあげられればと考えています。
Posted by denden at 2007年11月26日 22:17
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